福島地方裁判所 昭和27年(ワ)58号 判決
原告 古川要助
被告 稲村彦三郎
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告は、原、被告間の福島地方裁判所昭和二十七年(セ)第四号小作地返還調停事件につき昭和二十七年二月二十六日成立した調停の無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、その請求の原因として、原告は訴外半沢富久子から同人所有の福島県伊達郡藤田町大字藤田字南沖一番の二にある田三反九畝十四歩、同字十八番の四にある田十一歩を賃借していたが、昭和二十一年三月七日当時藤田町農地委員であつた被告はその地位を利用して原告に対し「永久に小作させる。」と称し半沢富久子から右農地二筆を買い受け、原告は被告からこれを賃借し小作を続けていたところ、突然被告は原告に対して右農地の返還若しくは買取を強要し、原告を相手取り福島地方裁判所に右の趣旨の調停の申立をし、同庁昭和二十七年(セ)第四号小作地返還調停事件として係属した結果、昭和二十七年二月二十六日原、被告間に「(一)申立人は相手方に対し右農地二筆を代金十七万円で売り渡すこと。(二)代金支払期日は、昭和二十七年三月末日まで、申立人は右代金と引換に相手方に対し所有権移転登記手続をすること。」という条項を含む調停が成立した。しかし右調停は次の理由によつて無効である。
(一) 本件調停の成立した日である昭和二十七年二月二十六日福島地方裁判所で開かれた調停委員会で調停手続の進行中、同期日に出席した福島県小作主事持地敏孝は原告を別室に連行して「一反歩四万円や五万円では安いぞ。これで買わねば土地は取り上げられてしまい、一も取れず、二も取れなくなる。それでもよいか。」と述べて強圧した。しかし、小作官又は小作主事は調停委員会に対し意見を述べることができるだけであるから、持地敏孝の右行為は小作主事としての権限を超えたものという外はない。しかるに調停委員会は持地敏孝の右行為を承認して本件調停を成立させたものであるから、本件調停はその手続上かしがあつて、無効である。
(二) 右調停期日において原告は、大正十年以来約三十余年間に亘り被告の前主半沢富久子から前記農地を賃借し小作を継続していること、被告は半沢富久子から農地を買い受けるに当り原告に永久に小作させることを約諾していたこと等の事情を述べたが、被告並びに持地敏孝はこもごも「今ごろそんな事を言つてもだめだ。文句を言えばただで農地を取り上げられる。一反歩五万円は安いぞ。十七万円で買い受けることを承諾せよ。」と強迫したので、原告は農地を取り上げられることを恐れて調停に応じたのであるから、本件調停は無効である。
(三) 昭和二十五年十月二十一日公布政令第三百十七号自作農創設特別措置法及び農地調整法の適用を受けるべき土地の譲渡に関する政令施行令第十四条の規定によれば農地所有権の強制譲渡の対価は田にあつては昭和二十五年七月三十日現在の賃貸価格の二百八十倍であり、農地に賃借権の存する場合の譲渡対価額は右により算出された額に賃借権の額を差し引いて得た額である旨定められ、前記農地二筆合計三反九畝二十五歩の賃貸価格は合計七十九円三十三銭であるから、仮に右農地一反歩の賃貸価格を二十円としても少くとも法定倍率の二百八十倍を乗じて得られる額五千六百円から小作権の額を差し引いた額を超えてはならない。また農林省基準原案によつても小作地の価格は一反歩につき六千八百五十二円と定められている。いずれによつても本件調停で定められた譲渡価格は違法であるから本件調停は無効である。
(四) 本件調停期日において被告及び持地敏孝は前段既述のように前記農地一反歩の代金四万円若しくは五万円は譲渡価格として安いと言うので、原告は右価格は相当相場であると誤信してこの誤信に基き調停を受諾したが、類地の価格に比較して高価であつて相当相場でなく、原告がこの事実を知つていれば調停受諾の意思表示はしなかつたのであるから要素に錯誤があり無効である。
(五) 農地調整法第四条第一項及び同条第三項の規定によれば農地所有権の移転については都道府県知事の許可又は市町村農業委員会の承認を受けることを要し、右の許可又は承認を受けないでした行為はその効力を生じないところ、本件調停は成立に際し福島県知事の許可又は藤田町農業委員会の承認を得ていないのであるから無効である。
以上の次第であるので本件調停の無効確認を求めるため本訴請求に及んだと述べた。<立証省略>
被告は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、原告主張の事実中、被告が原告を相手方として福島地方裁判所に農事調停の申立をし、右申立は同庁昭和二十七年(セ)第四号小作地返還調停事件として係属し、昭和二十七年二月二十六日原、被告間に原告主張のような条項を含む調停が成立したことは認めるが、右農地はもと半沢富久子の所有で、原告は同人から大正十年以来賃借していたこと、被告は昭和二十一年三月七日原告に永久に小作させることを約諾して半沢富久子から右農地を買い受けたことは不知、その余の事実は否認する。改正された土地台帳法第九条の規定によれば従前土地台帳に記載するべきものとされていた土地の賃貸価格は土地台帳の記載事項より削除され、従つて農地調整法第六条の二の農地の価格は土地台帳法による賃貸価格に主務大臣の定める率を乗じて算出された額を超えて契約できない旨の規定も廃止されたというべきであるから農地の譲渡価格は各個の場合に諸般の事情を参しやくした適切且つ自由な価格によることができる、と述べた。<立証省略>
三、理 由
原告が、被告から同人所有の福島県伊達郡藤田町大字藤田字南沖一番の二田三反九畝十四歩、同字十八番の四田十一歩を賃借していたことは弁論の全趣旨で明らかであり、被告より原告を相手取り福島地方裁判所に農事調停の申立をし、同庁昭和二十七年(セ)第四号小作地返還調停事件として係属し、昭和二十七年二月二十六日の調停期日において原、被告間に原告は被告から右農地二筆を代金十七万円で買い受けること、右代金支払期日は昭和二十七年三月末日までとし、被告は右代金と引換に原告に対し所有権移転登記手続をする、という趣旨の調停が成立したことは当事者間に争いがなく、同期日に福島県小作主事持地敏孝が出席し、発言したことは被告の明らかに争わないところである。
そこで、原告が本件調停の無効の理由として主張する(一)ないし(五)の点について順次判断する。
(一) 民事調停法第二十七条、第二十八条の規定によれば小作官又は小作主事は期日に出席し、又は期日外において調停委員会に対して意見を述べることができ、又調停委員会は調停をするに当り小作官又は小作主事の意見を聞かなければならないことが明らかであるが、小作官等が当事者に対して意見を述べ、又は勧解することができるという明文はない。しかし民事調停法第八条及び民事調停規則第二十九条の法意から推考すると、小作官等が、たまたま当事者に対して意見を述べても、それが調停委員会の意に反するものでない限り、小作官等の越権行為であるということはできない。また当事者が小作官等の右意見に聴従した結果調停が成立したとしても、その手続上にかしがあることにはならない。証人斎藤久之丞の証言及び原告本人尋問の結果によれば、本件調停主任裁判官は小作主事持地敏孝とともに原告を別室に招じいれた際、同主事が原告に対し本件農地は一反歩金四、五万円が相当相場であるから買つたらどうかとすすめたことを認めることができるが、同主事の右言動は、前に述べたところに照らし、本件調停成立の過程における手続上のかしということはできないから、原告の(一)の主張は理由がない。
(二) 強迫に因る意思表示は表意者が取消の意思表示をして初めて無効となるのに、本件では原告が取消の意思表示をしていないことは原告みずから主張するところであるから、原告の(二)の主張はそれ自体理由がない。それのみではなく、原告本人尋問の結果中強迫の点につきほぼ原告の主張にそう部分は、たやすく信用しがたく、他に右事実を認めしめるに足りる証拠はない。
(三) 農地調整法第六条の二は、農地の譲渡価格は、賃貸価格のない農地譲渡の場合を除く外、当該農地の賃貸価格に主務大臣の定める率を乗じて得た額を超えて契約することはできないと規定した。ところが、昭和二十五年法律第二百二十七号により一部改正された土地台帳法第九条の規定は土地台帳には地方税法(昭和二十五年法律第二百二十六号)第四百三十六条の規定により市町村長が通知した土地の価格を記載するものとして、従前土地台帳の記載事項とされた土地の賃貸価格を消除したのに、農地調整法第六条の二に規定された賃貸価格に代わるべき価格統制の規準について別段の立法措置がなされていない。従つて右土地台帳法施行の日である昭和二十五年七月三十一日以降農地調整法第六条の二の規定は適用されず、農地譲渡について価格の統制は消滅したものというべきであり、昭和二十五年九月十一日公布政令第二百八十八号自作農創設特別措置法及び農地調整法の適用を受けるべき土地の譲渡に関する政令(以下強制譲渡令と略称する)第五条の規定は、同令第二条第一項各号所定の農地の強制譲渡の対価は政府に対して譲渡する場合の外、昭和二十五年十月二十一日公布政令第三百十七号右政令施行令第十四条所定の額を下つてはならないものと定めているから、結局強制譲渡令第二条の規定による強制譲渡の対象となつた農地以外の農地の価格は自由取引市場における取引価格にゆだねられたのみならず、右強制譲渡の対象となつた農地の対価も最高額に制限がないものとされた。本件農地は右強制譲渡の対象となつた農地でないことは弁論の全趣旨により明らかであるから本件調停で定められた価格に何等の違法はなく、価格の違法を前提とする原告の(三)の主張はその余の判断をするまでもなく理由がない。
(四) 証人東海林忠次郎の証言によれば昭和二十七年八月中原告主張の農地近傍の農地約九畝歩につき価格四万円で売買が成立したことを認めることができ、農地の価格に甚だしい変動がないことは当裁判所に顕著な事実である。右事実に証人斎藤久之丞の証言を総合すると、本件農地三反九畝二十五歩について本件調停で定められた売買価格十七万円は時価として相当であると認めることができる。従つて原告の(四)の主張も理由がない。
(五) 農地調整法第四条第一項、第五項及び同法施行令第二条の規定によれば、農地の所有権の移転は、都道府県知事(以下知事と略称する。)の許可を受けなければ、これをすることができないのであり、右の許可を受けないでした農地所有権の移転に関する行為は、その効力を生じないことが明らかである。ところが、本件調停成立に際し本件農地の所有権の移転について福島県知事の許可を受けなかつたことは被告の明らかに争わないところであるから、本件農地につきその売買の調停が成立しても、未だ所有権移転の効力の生じていないことは、いうまでもない。しかし、知事の許可が農地の所有権の移転の効力要件であるくらいのことは、少しく農地問題に関心を持つ者のあまねく熟知しているところといつても過言ではない。本件売買が調停委員会の調停で成立した事実に鑑みれば、たとえ調停条項中に右売買につき福島県知事の許可を条件とする旨の記載はなくとも、右売買による所有権移転の効力の発生を右許可にかからしめる約旨であつた消息を、十分にうかがい得るのである。そして、このように知事の許可を条件とする売買は、これを無効と解すべき理拠がないから、この点に関する原告の主張も排斥を免れない。
以上原告の本訴請求の原因とする主張はすべてその理由がないので、本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 斎藤規矩三 西川正世 間中彦次)